今週の「クロワッサン」に載っていた記事、女の新聞というコラムなんですが、
秋山弘子さんという人が書いてらっしゃるんです。老年学の教授という肩書きです。
「自立概念にとらわれず、作日に続く今日に私なりの幸せを実感できることが大切」
老年学に学ぶ幸福な老いのヒント、というサブタイトルがついています。
皆さんが、老い、なんて、まだまだ先と思ってらして当然。私だってそう思ってるトコがなきにしもあらず。
でも、皆さんの親御さんたちは完全に老いの時期なんですよね。
私もね。
この「自立概念」というのが厄介なシロモノでしてね。
経済的にも日常的にも人の手を借りることを恥とする、という生き方ね。
うーん、ある意味では、ある年齢までは、これ、立派なんですよね。
ここでも書かれていますが「自立 社会貢献 生涯現役」を目指すサクセスフル・エイジングの考え方は
いつかどこかで手放さなければならいものと私は考えます。
まあ、結婚した途端に全部放棄してしまってる人もいますが・・・(^∇^)
誰のお世話にもならず、ぴんぴんコロリ(PPKというらしいです)と逝く、という楽天的展望のもとに今の暮らしを続けるのは、それはいくら何でも無謀ですよね。
できる間は一人で、という考え方を私は改めようと思います。
七十五になったら、私は老人だけでは住まないことにします。その時夫は七十九です。
息子たちにもそう言って、今からちゃんと心づもりをしていてもらいましょう。
これは何も息子たちと同居する、という事ではありません。
沢山の選択肢のなかから、ひとり暮らしではない方法を選んでいこうと思います。
だって、これから、どんどん選択肢は増えると思うんですよ。
住み慣れたところで老いる、これをエイジング・イン・プレイスというそうですが、
その方法を最大限に生かして、そして、最後は誰かと共住みできる柔軟性を持ち続けたいですね。
家族にも、新しい価値感を獲得してもらえるように働きかけます。
そりゃ、八十すぎても山登りしたり、九十になってもお医者さんしてらしたり、は偉いと想いますが
そういう老人だけが偉いんじゃない、そういう老後だけが幸せなんじゃない、ですよね。
老人介護施設も、親を入れる、とよく言われますが、親が入る、でなくてはねぇ。
そして、また、介護施設に入ることだけが幸せ、良い老後と思い込まないことも大切です♪
老年学、ちょっと勉強してみたいですわ。
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